RCサクセション「シングルマン」(1976年作品)

 たまに、ふとしたときに猛烈に聴きたくなる曲やアルバムはいくつかあるが、この作品もその中のひとつである。それもどちらかというと、楽しい時ではなく、その逆の時に。特にこの時期に聴くと、殊更に心に沁みる一枚である。


 と、書き出したが、それは特にこのアルバムの後半曲からの話。それとは趣を異にしているアルバムの前半の曲では、ヒステリックに悶絶しながら、Vo.の忌野清志郎が毒づきまくるのである(この頃のRCはまだアコースティックのトリオ編成。メンバーは、Vo,G.清志郎、G.破廉ケンチ、B.林小和生、の三人。林小氏のウッドベースがふくよか、かつヘヴィでかっこいい。このアルバムでは外部ミュージシャンも起用しているが、レコーディング当時(1974年)来日中だったベイエリアファンクの雄、タワー・オブ・パワーの面々や、ミッキー吉野チト河内、西哲也らが参加、と豪華である)。


 自分のファンに対して「贈り物をくれないか?彼女にプレゼントするんだから!つまらないものはゴミ箱に捨てるぜ!」なんて、何言ってんだこの人はと、あまりの理不尽さに、逆になんだか可笑しくなって思わずクスクス笑ってしまう「ファンからの贈り物」や、自分より背の高い女の子に「ジャイアント馬場の奥さんになるのかい?背の高さなんか関係ないのさ、認めておくれよ♪ブッブン・シュブンッ」とドゥーワップで必死に交際を迫る(それも明らかに見込みなさそう・笑)「大きな春子ちゃん」、「誰もやさしくなんかない、君と同じさ、いやらしいのさ」と、打算的な心の中を見透かされたようで、別に自分が言われた訳ではないのに、思わずドキッとしてしまう「やさしさ」、「バーイバーイ、君と居たってしょ〜がない〜」と私のようなフラレ男(自虐です(笑)。実際には男が振る歌だが)の溜飲を下げる「ぼくはぼくの為に」、「ぼっくは〜ぁ、転ばな〜いで、歩〜いた〜」と酔っ払いの実況中継のような(笑)小品「レコーディング・マン」、とここまで、立て続けにガチャガチャと騒々しく歌と音がぶちまけられる。


 前半(アナログ盤だとA面)の最後は、今までとはがらっと違う、しっとりとした、雰囲気のある曲調。月のきれいな夜に、彼女を穏やかに誘い出す「夜の散歩をしないかね」。曲の中での彼女のささやき、同じようにピアノもささやいている。穏やかに呼びかける、狂おしい清志郎の歌声。静かだが、力強い一曲。ここからもう流れは後半につながっている。


 そして、本題のアルバムの後半(アナログではB面)であるが、アコギのカッティングが印象的なジャンプR&Bナンバー「冷たくした訳は」以外はテンポを落とした曲が並ぶ。そのやるせなくも美しい曲達に聴き入ってしまう。後半冒頭の「ヒッピーに捧ぐ」はこのアルバムで唯一ラブソングではない楽曲。実在した友人の死を悼む内容である。「お別れは突然やってきて、すぐに済んでしまった・・・」と、突然知らされた友人の死に戸惑い、泣き叫ぶ。曲の終盤、感情が爆発した清志郎の慟哭が胸に迫る。続く「うわの空」は、か細くスウィートな清志郎の抑制の効いた歌声が素晴らしい。空へふわりと浮遊していくようなサウンドも秀逸である。そして、前述の「冷たくした訳は」を挟み、一転して、弦楽奏が重苦しく、音を引きずるように響く「甲州街道はもう秋なのさ」が始まる。とても重暗く、行き詰まりを感じさせるサウンドである。サビの「・・・僕もう、まっぴらだよ・・・嘘ばっかり!!嘘ばっかり!!」と泣きじゃくるように咆哮する清志郎。奈落の底に落ちてしまったような感覚のあと、余韻を残すようなウッドベースとチェロのリフレイン。不安な気持ちを残しつつ、最後の曲へ・・・。


 ピアノの音色に導かれ始まる、タワー・オブ・パワーが力強く奏でるメンフィスソウル調のバッキング。そこに込み上げるような気持ちを抑えながら、切々と、清志郎が歌をのせて行く。稀代の名曲「スロー・バラード」である。じわじわと忍び寄ってくる、これからの先行きに対する不安を感じながらも、サビでは「悪い予感のかけらもないさ」と哀切にまみれながら叫ぶ。「僕ら、夢を見たのさ、とってもよく似た夢を・・・」。小さなロウソクに点ったような幸せが最後に微かに少しだけ現われ(もしかしたら、錯覚かもしれないが)、この曲、そしてアルバムは幕を閉じる。情感豊かな美しい名曲である。


 何だか全曲紹介の趣になってしまったが、このアルバムはどの曲も素晴らしく、特にアルバム後半曲の、清志郎の歌の力に思わず引き込まれてしまう。(「大きな春子ちゃん」以外の)どの曲でもそうだが、常に曲のど真ん中に、清志郎の歌がぶっとく存在している。時には叫び、時には脆く壊れそうな歌声で・・・。ひとりのかなしみがひしひしと伝わってくる。彼の、独りぼっちの魂に、私は心が震える。清志郎の歌の力は本当に凄いものである。そして、それを支える星勝のアレンジメントがとにかく素晴らしい。清志郎の歌世界を実に見事に、音の面で補強している。バラエティに富みながら、一曲一曲の作品に、一層の厚みと深みを与えている。時に、とっ散らかった印象や、過剰な装飾に思えるアレンジメントもあるが、それが清志郎の歌世界にとてもマッチしていた。彼のこの作品にもたらした功績は多大である(同じく彼のアレンジ参加作の、井上陽水「氷の世界」も必聴!最近では、(現在、活動休止中の)真心ブラザーズのシングル曲「流れ星」のアレンジ仕事が秀逸でした)。


 私は、日常での人とのかかわりあいの中で、裏切られた気分になった時や、むなしさを感じたときに、このアルバムに手が伸びる事が多い。そしてひとりになった心の中に、すうっと入り込み、じわじわ染み込んでくるような、ここに収録された曲達を聴くのである。このアルバムは、そんなかなしい気持ちを「わかってもらえる」ような、私にとって大切な、心の一枚である。